貧乏の美学という考え方は自営タイプの軽貨物ドライバーが信頼される裏付けそのものだと感じることがある。
仕事上で取引先を評価したりドライバーを評価したりする際などどうするか悩んだときの評価基準の項目にしている。
信頼度はその人間が持つ貧乏の美学であろう。
貧乏の美学はフランス人が持つとされる貧しさの美学と思考が似ていて、私たちのような宅配業ではない運送業ドライバーで例えると、相応な身なりと相応な車両が要請されつつも、高級な身なりやピカピカの新車や派手なパーツといった贅沢すぎたり凝りすぎたものは全くの無意味で、寧ろ、そんなものごときに金と時間を多く費やすような軽貨物ドライバーの将来に安心も安定もない、といった捉え方である。
当然だが、派手な髪染めの人間、小汚い髭の人間、格好つけマンのピアス人間、臭いだけのタバコ人間、こういうのは採用ハードルの低い軽貨物ドライバーであろうと論外。余分が多すぎる人間は違和感でしかない。
学歴が綺麗でも、職歴が綺麗でも、働かないのに国や親戚や友人からお金を搾取する人、後先を考えずに借金する人、借金を借金で返す人、ローンや借金をしているのにお金ができるとギャンブルや酒やタバコや自分の欲しいものに使う人、は覚悟を決めて復活すべきだと思う。その方が苦労しない。
自分が一番正しくて人の意見を心から聞かない人、自己中心と自分の意思を履き違えてる人、お店の店員に横暴な対応をする人、怒りをカスタマーセンターにぶつける人、自分以下と思う人には挨拶をしない人、無視をする人、暴力をする人、暴言を言う人、他人の悪口をいう人、自分の自慢をする人、年齢問わずに敬語が使えない人、自分が悪いのに他人や国の責にする人、自分の一生懸命を正当化する人、 ルールをダサいと思って守らない人、交通ルールを守らない人、内面がないのに人は外見ではないと言う人、こんな感じのことをネットで見かけたがまさしく同感、これらも覚悟を決めて順応できるよう復活すべきだと思う。
決して難しいことではない。覚悟さえあれば。嘘は通用しない。
つくづく思うが、学生の頃に勉強を頑張って綺麗な学歴を手に入れて、社会人となってからも学びを忘れずに国や経済や事業を動かせるような頭脳と人脈あるエリートな人たちとは違い、多くの軽貨物ドライバーのように過去の勉強不足というのは後悔しても後戻りはできないのが現実だ。
だが、
経済の底辺でも生き抜けるゴキブリ並みの生命力さえ備わっていればエリートな人とも対等に堂々と共闘できるビジネスシーンは必ずあるだろう。
自分や周囲の役目と役割をきちんと理解さえすればよい。
もちろん、家計を圧迫しない範囲で優雅な生活をおくろうとする綿密な計画をできる人には魅力を感じるし、羨ましい。
だが、経済的な環境を誇示する人間や会社には近寄らない。人を半分騙せばそうなれる。人を半分騙さないとそうなれない。
迷いでブレないように課題ごとメンターを見つけることさえできれば事業勝算が高まるように行動すればよいだけ。意外とできる。
事業勝算は、ドッチボール大会やバスケットボール大会の作戦会議と何ら変わらない。勝ち目はある。

