配送ドライバーという仕事はお客様の荷物を一時的に預かる立場なので何かしらのヒューマンエラーで「ごめんなさい」は通用しない。自分の行動の全てに於いて責任がある。どんな職でも当たり前のことだが頭の片隅で他責思考で責任感が微妙に薄い配送ドライバーほどヒューマンエラーを起こしやすい。責任感があるつもりの人間も責任感から生まれる信頼感がなければ単なるダメな奴と化す。
自営の連続経験が最低でも5年以上あるような人間、会社経営の連続経験が最低でも5年以上あるような人間、そんな感じならば言葉は悪いが馬鹿でも阿保でも責任感からの信頼感は滲み出るものだが、逆を言えば、サラリーマンで会社から給与をもらっているような人間は血が滲むような努力をしていようとも、出世街道ポジションの人間であろうとも、責任感レベルとしては所詮は中の下であろう。
まだまだ未熟なサラリーマン5年選手、まだまだ努力が足りないサラリーマン10年選手、まだまだ人望が足りないサラリーマン15年選手、まだまだ勉強が足りないサラリーマン20年選手、そんな「つもり」な人間でも、5年選手の会社経営者や5年選手の自営業者の足元にすら責任感は及ばない。もちろん、それは良し悪しでは無い。
小学校、中学校、高校、大学、といった仕事ではない集団生活の中で部活などのリーダー経験がある人間ならば働く社会人となる前に既に責任感は間違いなく染みついている。そういう純な子供のころの部活目標で、絶対に勝つ=絶対に勝つために何をどう考えるか=絶対に勝つために何をどう行動するのか、子供の頃のそういうリーダー経験値が一つでもあるならば働く社会人となってからも、転んでも後ろには倒れない、転んでも前のめり、という責任感からの信頼感がきちんと滲み出てくるだろう。
その経験こそが自営や経営では勝算の基礎になるわけだが、勝利というのは種類というか意味合いは一つではないのもミソである。そう、最強なのは良い勝ち方というやつである。
カネ儲けを良しとする人間も経営者には多くいるが所詮は人生七十古来稀なり。
カネの苦労ではなく、仕事のめでたさ、仕事のはかなさ、きちんとそういうことをわかった上で、時に人に厳しく、時にサボり、ハングリーに忙しさと勝負するのも良しだろう。負けない勝負というやつである。
自営や経営者の仕事人生を選ぶ人の中には他人の成功を羨んで夢見て大金持ちになりたい奴も多くいるだろうし、競馬やパチンコで勝つ事ができる範囲のあぶく銭な数十万の勝負しかできない奴も多くいるだろう。それとは別で試合に負けて勝負に勝つことを良しとする奴もいる。恐らくこれが成功や成長には必要不可欠となる。勝つだけではダメ、負けるだけでもダメ。
自営や経営はゴールが無いので現状の結果として負けて見えることであろうと得たものや得たお金が自らの勝負論で疲弊より実質的に勝っているということがこの先の仕事人生をきれいに進むレールで大切な認識のニュートラルとなってくる。
自営の軽貨物ドライバーというのはそういう意識がなければ自己成長の一線を越すことはまずない。100パーセントない。配送というのは配送ドライバーのためにあるのではないからである。物流会社や運送会社のためにあるものでもない。荷主企業のお客様のために配送という仕事は存在する。配送業務はどんなに手間で難しい内容でも覚悟を決めてやれば馬鹿でも阿保でも覚えられることだが、その努力や苦労っぽいことはお客様のために働いている姿勢で配送業務を経験しているのかが成長の鍵となる。成長や成功に年齢も性別もクソも関係はない。
この世の中、一つの仕事や一つの忙しさに対して感謝する気持ちとその感謝を口に出す言葉が必要なのは言うまでもないが、個人ドライバーのような自営や経営はサラリーマンではないので忙しさを嫌がることはかなり論外なナンセンスで寝る時間を切り売りして忙しさは手を上げてでも取りにいく実績作り、そして自分の忙しさは周囲関係者に対して絶対に口にしてはならない。
自分のこと忙しさを他人に言う奴はそれは単なる評価損。忙しいと口にするのは能力がないだけのこと。仕事耐性だけのこと。

