気ままに働こうとする軽貨物ドライバーは淘汰される

個人事業主の軽貨物ドライバーは大半がどこかの軽貨物配送会社に配属していて独自の営業行為は禁止されているものの営業らしい営業を必要とせず気ままに下請け気分で仕事はできるが、配送の仕事で働いている姿勢そのものが営業行動でもあり、働く姿勢の悪い委託ドライバーは営業が下手くそな個人事業主だと見做される。

軽貨物での仕事のことではないが阪神淡路大震災が起きた頃、関西にある取引先で面識ある上場企業の役員の方と営業上の商談をファックスでやり取りをしていた際に「ずばり」の値段で製品を提供して欲しいといった文言がファックスに書かれていたのだが、それを数十年が経過した今でも鮮明に覚えている。

ずばり、か。

今思うと私は関西人がいうところの東京の人であってビジネススピリッツは名古屋流でもなく大阪流でもなく東京流で太刀振る舞って見えていたのだろうか。

  • 商売で名古屋の人は0円から10円を稼ごうと先を見る。
  • 商売で大阪の人は50円を出して100円を稼ごうと先を見る。
  • 商売で東京の人は100円を出して100円を稼ごうと先を見る。

と損得勘定する感覚の違いを言ったりする。ただ、私の場合は海外企業との取引が長かったこともあってグローバルに国の歴史や文化の違いを意識しながら仕事では自身の優位を考える機会が多く、名古屋流や大阪流や東京流という商売気質の違いについては抵抗感があまり無かったように思える。

しかし、過去に北海道から沖縄まで日本全国の取引先と商談をするなかで関西人の言う「ずばり」という価格交渉の対応は私にとっては難易度が高く、かなり勉強になった商談の一つだったと記憶している。

ずばりとは、

  1.  刀などで勢いよく切るさま。魚の頭をずばり(と)切り落とす。
  2. 物事の核心を正確に、または単刀直入に指摘するさま。相手の考えをずばり(と)言い当てる。

といった意味合いだが、過去、酒の席での雑談でも大阪人には定価ではモノが売れないと仕事の諸先輩に教わりながら談笑することもあったが、偏見であろうとも高級品を高い値段で買ったことに見栄をはる東京人とは異なり、物をどれだけ安く買ったか、物をどれだけ値切ったかを美徳とするのが大阪人だと言われることもあろう。

やはり、大阪人の言う「ずばり」の価格要求を東京人が「ずばり」で応えるのは難しいのだ。

結果的には商売上での丁々発止による商談で自身が売主側として主張を優位に勝たせてしまい取引先には値段を理解してもらう感じに言い包めてしまうことも多かった。

当然ながら良いものを安く売る必要性などどこにもない。

だがしかし、お客様第一主義での取引では自分に無理なく背伸びもせず、お客様には花を持たせてあげるような取引が大切な営業技術だと今では認識している。

現在、千葉県でニッチに軽貨物運送業としてお客様から運賃の見積もり依頼を受けることも多々あるが、お客様側で運賃予算にゆとりが無いならばお客様の言い値を優先した取引でも何ら構わないし、お客様が予算を少し多めにお持ちならば運賃に色を付けてもらえると嬉しいというのがアンサーとなってくるのだ。

お金の大小ではない。

我々のような日本経済の末端で働いている個人事業主や中小零細企業の軽貨物ドライバー業者は富豪のようにお金以上に信用を重んじることは一切ない。

お金はお金、軽貨物ドライバーの職は信用がないと仕事ができないわけでもない。

ただし、信頼ができないとお金は稼げない。信頼をされないと仕事はない。仕事の単価が割に合うとか合わないとか松竹梅のような運賃の「ずばり」は配送サービスに存在しないのだ。

地道に楽しめる仕事や事業をしたい。そう、やりがいである。

人が育った環境は皆んなそれぞれ違い、損得勘定の考えもそれぞれ違うわけだが時として損得勘定を抜きにしながらでもシンプルに信頼できる人間の関係で仕事取引を進められることはつくづく仕事冥利だと思える。

ゆとりは大切である。

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